「普通の子が出来ること」が出来ない私は、普通じゃないの?

桜木ひなたです。お久しぶりです!
さすがに恒例のご挨拶をさせて頂きます…。
ずっと、境界性パーソナリティ障害に特化したほうがいいのかなとか、いやいや他のことも書くって宣言したしと考え、結局「ポカーン…」となってしまい、何も出来ませんでしたが、ぼちぼち再開したいと思います。

というわけで、境界性パーソナリティ障害に直結する話ではないのですが、今回は「普通の子」について。
どちらかというと「発達障害」のお話しになります。
それでは、ぜひお付き合いくださいね。

目次

「当たり前」が出来ない子ども

私は出来ないことの多い子どもでした。
例えば、子供の頃から夜眠れず朝起きられない。時間通り登校出来ない。宿題ができない。給食を食べるのが遅い。
そもそも学校に行こうとしない。後に読んで、自分でも解読不能なほど字が下手(治す意志がない)。
最悪なことに、歯を磨かない、シャワーを浴びない、浴びてもドライヤーで髪の毛を乾かさないなどもありました。

今思えば、精神的な問題があったことは明白なのですが、時代もあり、病院に行くことはしませんでした。
全てではなくても、ああ自分もそれ苦手だった!!という方も、いらっしゃるかと思います。
だからといって、=精神的な障害があるというわけではありませんから、安心してくださいね。

出来ることと言えば、体育の授業と、外で遊ぶことくらい。

母に、成績のことで口うるさく言われたことは、幸いありません。
だけど、学校に行けないことを母が嘆き「普通の子が出来ることが、どうしてあんたには出来ないの」と言われたことは、何度もありました。
それを言われるたびに「私は普通じゃないのか…」と悲しい思いになったことを覚えています。

なぜ「当たり前」をしないのか?

気になるのは、ここだと思います。
朝起きたら、歯を磨いて、顔を洗って、ご飯を食べて、ランドセルなりバッグを持って通学する。

なぜ、それが出来ないのか?
ざっくりとした答えを言ってしまうと「やる必要がない(と考えている)から」です。
そして「関心がない」とも言えるんですね。

発達障害は、自分が興味を持ったものへの集中力はあるものの、そうじゃないものへの集中力が本当にありません。
つまり、私の場合は学校とそれに関連するものに関心がないんですね。
ギリギリ、体育の授業と、放課後に遊ぶのが好き(関心があった)ということになります。
例外として、好きなジャンルのものになると(歴史、歌など対象は様々です)関心は持ちます。
特定の人物、特定の歌や曲や楽器などですね。

その時、親はどうするのか?

自分の子どもに発達障害の疑いがあり、もし特に理由なく学校に行っていなかったり、何か出来ない場合。

1番やってはいけないことは、出来ないことを責めることです。
子どもはますますやる気をなくしますし、自信もなくします。
そもそも子ども自信が「なぜだろう」と思ってる場合もあるので、追い打ちをかける形になります。

では、親は何が出来るのか?
当然、私は発達障害の専門家ではないし、あくまでも1つの体験談としてお伝えしますね。

それは「長所を伸ばすこと」です。
私の場合ですと、PCに強い関心がありました。
そして世界遺産にも興味がありました。

母は、私にPCを買い与えて、世界遺産の情報が詰まったDVDをプレゼントしてくれました。
結果、PCの操作はすぐに覚えましたし、Wordなどもいじっているうちにある程度のことは出来るようになったんです。
世界遺産に関しては「記憶が苦手」という面が邪魔をしましたが、今でも大好きで、meta Quest(VRゴーグル)などど見に行っています。

それでも子どもが自信を持っていなかったら

それでも、子どもが「〇〇出来ないこと」で自信をなくしている場合。
特に親が何か言わなくても、子ども自身がコンプレックスに思っている場合ですね。

長所を褒めることが良いかなと思います。
私の母も、そうでした。

私は勉強ができないから、私は〇〇が出来ないから…と落ち込んだときに、母はこう言いました。
「でもひなたはニュースや雑学に詳しいよね!私より詳しいかも(笑)」って。

お恥ずかしながら、今もです。
外で働けない、〇〇出来ない、と落ち込んだとき、母は笑顔で言ってくれます。

例えば、ココナラで依頼があって仕事をしていること。
ライティングの仕事を続けられていること。
占いが出来ること。ブログを書けること。

世間からしたら、月収何十万もあるわけではありませんから「そのくらいで…」と思うかも知れません。
だけど、親からの「頑張ってるね」「偉いね」という言葉は、何歳になっても嬉しいんですね。

親が出来ることとは

私は子どもがいませんから、偉そうに「親が出来ることとは」なんて書けるわけではないのですが…。

子どもの視点から見て、親にしてもらって嬉しかったこと。
それはやっぱり「褒められること」です。例え、何歳になっても。

自分の子供が発達障害、或いは、何かの病気があって出来ないことがあったとき。
がっかりしないで欲しいんです。
例えば「うちの子が障害なんて…」とかですね。

なぜこれを書いているのかと言うと、母の知人の身内の子どもが発達障害だと判明して、親御さんが強いショックを受けていたからです。
私は子どもがいないから、子どもが障害だったときのショックは、わかりません。
でも、特に発達障害は何かが欠けている分、どこかに必ず秀でています。

親が出来ることというのは、障害を持って生まれてきた子どもが「何が出来るか?」を見極めてあげることではないかと思います。
「何が出来ないのか?」を探すのではなく「何が出来るのか」。

大丈夫です!あれだけ学校に行かなかった私でも、今、なんとかやっています。
出来ないことも沢山あります。でも、出来ることも徐々に増えてきました。
無事に取得してから、改めて報告致しますが、とある資格を取るために頑張ることにもしたんです。

健康な人でも、向き・不向きはありますね。
だからこの世の中には、様々な仕事がありますよね。

発達障害で苦しんでいる方も、お子さんが発達障害で悩んでいる方も。
きっと大丈夫ですから、安心なさってくださいね。

それでは、今回はこちらで失礼致します。
ありがとうございました(^^)

桜木ひなた

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